自賠責保険と自動車保険の豆知識

自賠責保険とは

文責 FP2級技能士 松井 宝史 2021.05.23

自賠責保険の被保険者

保有者と並んで運転者も被保険者とされているのは、次の理由からです。

運転者とは、他人のために自動車の運転または運転の補助に従事する者といいます。

交通事故を起こした運転者は、実際上、民法709条によって損害賠償責任を負わされる場合がほとんどであると考えられます。

ここで、保険会社が保有者の損害賠償額を填補した場合に、運転者に代位求償する可能性があります。

しかし、単なる労働者にすぎない運転者に対し、そこまでの責任をとらせることはやや過酷と思われます。

そこで、運転者の責任も保険保護の対象としました。

このことから、対象となる自動車に自賠責保険が付いている限り、その自動車を正当な権限をもって運行・運転する者は、すべて被保険者とされることになります。

例えば、自動車の所有者から承諾を受けてその自動車を借りてこれを運転中に人身事故を起こした者は、保有者に該当するから、被保険者とされて損害が店舗されます。

そのため、自賠責保険は「車単位の保険」とよばれることがあります。

自賠責保険と自動車保険

自賠責保険と並んで自動車保険(任意保険)があります。
任意保険はその名の通り、保険契約当事者間で契約を締結するか否かが任意とされています。

両者の主な違いを並べてみると、以下のようになります。

項目

自賠責保険

自動車保険

加入義務

あり

なし

保険の目的

人身事故の損害填補

人身・物損事故他

過失相殺

被害者に有利な扱い

民法の一般原則による

仮渡金・内払金

あり

なし

示談代行

なし

あり(SAP・PAP)

示談代行について、SAPは対人・対物事故について示談代行を行いますが、PAPは対人事故に限り示談代行を行います。また、人身傷害補償特約を組み込んだ自動車保険についても原則的に示談代行が認められています。

自賠責保険の請求方法

自賠責保険の請求方法としては2種類あります。被害者が行う損害賠償額の支払請求(被害者請求)と、被保険者が行う自賠責保険の請求(加害者請求)です。

被害者請求

自賠責保険は、本来、加害者が負担した損害賠償義務を填補することを目的としています。

しかし、加害者に誠意がみられず、示談が成立しないような場合には、被害者はいつまでたっても損害賠償を受けることができないことにもなりかねません。

そこで、被害者の迅速な救済を目的として被害者請求権(直接請求権)が認められたのです。

すなわち、自賠法16条1項は「第3条の規定による保有者の損害賠償の責任が発生したときは、被害者は、政令で定めるところにより、保険会社に対し、保険金額の限度において、損害賠償額の支払をなすべきことを請求することができる」としています。

加害者請求

自賠法15条は、「被保険者は、被害者に対する損害賠償額について自己が支払をした限度においてのみ、保険会社に対して保険金の支払を請求することができる」と定めています。

ここで、加害者の保険金請求権(自賠15条)と被害者の直接請求権(自賠16条)の優劣関係の問題が生じます。

例えば、無過失の少女が自己で志望し、総損害額が8,000万円になったとします。

その遺族が加害者本人から1,000万円の損害賠償金の支払を受けた場合、加害者は、自賠責保険に対し、1,000万円の保険金請求権を有し、他方、被害者は、自賠責保険に対し死亡保険金額3,000万円の被害者請求権を有します。

この場合の優劣については、加害者請求権が優先すると解されています。加害者の保険金請求権が自賠法の基本であって、単に政策的に認められたにすぎない被害者の直接請求権に優先すると考えられるからです。

そこで、上記の例では、最初に加害者が自賠責保険から1,000万円の支払を受け、被害者は残額の2,000万円の支払を受けるにとどまります。

自賠責保険の請求内容

被害者請求および加害者請求の場合に、それぞれ次のようなものがあります。

仮渡金

被害者が事故後、当座の緊急の出費に充てたいと思うような場合に請求できるのが仮渡金です。

自賠法17条1項は「保険会社に対し、政令で定める金額を第16条第1項の規定による損害賠償額の支払のための仮渡金として支払うべきことを請求することができる」と定めています。

金額は、死亡の場合が290万円、障害の場合が傷害の程度に応じて40万円・20万円・5万円と区分されています。仮渡金は、政令で定められた金額を損害賠償額の一部として仮に被害者に渡す金額であるので、受領済みの仮渡金が、支払うべき損害額を超えていた場合は、自賠責保険からその超過分の返還を求められることがあります。

内払金

本請求に先行して、傷害に関する障害に限って内払金の請求をすることができます。これは自賠法上の制度ではなく保険会社が自主的に行っているものにすぎません。内払金の請求は、被害者、加害者を問わずに行えます。

ただし、損害額が10万円を超えることが必要であり、10万円単位で請求できるにすぎません。請求回数に特に制限はありませんが、限度額は120万円です。なお、損害額を証明する資料の提出が必要です。

本請求

被保険者の賠償責任の有無と賠償額が確定した後に自賠責保険に対して行われるものです。

損害保険料率算出機構

保険金や損害賠償額の支払請求書が自賠責保険会社に提出されて受け付けられると、関係書類は損害保険料率算出機構の調査事務所に送付されます。

自賠法16条の3第1項は、「保険会社は、保険金等を支払うときは、死亡、後遺障害及び傷害の別に国土交通大臣及び内閣総理大臣が定める支払基準に従ってこれを支払わなければならない」としています。

この支払基準は法的拘束力を有すると考えられていますので、仮に保険会社がこれを下回る支払を行った場合、違法となります。

次に、この支払基準が裁判所をも拘束するかという問題があります。

本条の趣旨は、あくまで保険会社が自賠責保険の支払を行う際の最低基準を定めたものにすぎないと解されるので、裁判所が支払基準に拘束されるとは考えられません。

一括払い

任意保険による「一括払い」の手続がとられている場合は、次の点が異なります。一括払いとは、任意保険が、自賠責保険の分まで一括して(被害者に対し)立替払いを行うものであって、人身事故の大半の事案がこれによって処理されています。一括払いを下任意保険会社は、後で自賠責保険に対し加害者請求をすること(これを求償といいます)によって、被害者に支払った損害賠償金を回収することができます。

ここで、被害者に後遺障害が残る可能性がある場合は、事前に後遺障害の有無および等級の認定を自賠責保険に対して行う必要があります。これを事前認定といいます。

この点を確定しないままでは、示談を行うに当たり任意保険が被害者に支払うべき適正な損害賠償額を算定することができませんし、また、後で自賠責保険に求償する際に支障を来すことになるからです。

情報の開示

従来、自賠責保険による保険金等の支払にあたり、その算定根拠や内容を請求者に対して説明する法定義務が存在しなかったため、はたして適正な処理が行われているかどうか疑問がないではありませんでした。

そこで、平成13年の自賠法改正で、保険金等の適正な支払を確保するため、保険金等の支払を請求する被害者または被保険者は、保険会社に対し、情報開示を請求することができるものとなりました。

第1に、保険金等の請求があったときに交付する書面です。

この場合、支払基準の概要その他の国土交通省令・内閣府令で定める事項を記載した書面を請求を行った被保険者または被害者に対して交付しなければなりません。

第2に、保険金等を支払ったときに交付する書面です。支払った金額、後遺障害の該当等級、当該等級に該当すると判断した理由その他の保険金等の支払に関する重要事項を記載した書面を交付しなければなりません。

第3に、自賠法3条ただし書に規定する事項(免責事由)の証明があったことその他の理由により保険金等を支払わない場合に、その理由を記載した書面を交付しなければなりません。

第4に、自賠法16条の4第2項または第3甲の書面を交付した後に、なおさらに説明を求められた場合に、保険会社は詳細について書面で説明しなければなりません。この説明義務は、書面により説明を求められた日から起算して30日以内に履行しなければなりません。

異議申立

自賠責保険が行った後遺障害の等級認定、加害者無責、被害者の重過失などの認定に対し不服がある場合は、これに対し異議申立をすることができます。

異議申立に際しては、異議の理由を既存の資料または新たに提出する資料に則して具体的・詳細に述べることが肝要であるとされています。

この際、被害者または被保険者には、情報の開示によって入手した自賠責保険会社の理由をよく分析して効果的な異議申立を行うことが求められます。

異議申立をすると、「特定事案」として自賠責保険審査会で審査してもらうことができます。ここでは、有無責等の専門部会と後遺障害の専門部会に分けて審査が行われます。

財団法人自賠責保険・共済紛争処理機構

これとは別に、平成13年7月の自賠法改正によって、指定紛争処理機関の制度が新たに設けられました。

現在までのところ、財団法人自賠責保険・共済紛争処理機構が、平成14年4月1日に指定を受けています。

指定紛争処理機関が取り扱う業務は、自賠責保険等の支払に関する紛争の調停およびこれに附帯する業務です。

具体的には、後遺障害等級の認定・重過失による減額・有無責の判断のそれぞれの適否が、その対象になると解されます。

指定紛争処理機関は、紛争の当事者である保険会社や被害者などからの申請によって、当該紛争の調停を行うとしています。

ただし、ここでいう「調停」は、簡易裁判所などで行われている民事調停などとは趣を異にし、書面審査中心主義がとられていて、当事者の主席も予定されていません。

そして、紛争処理機構が定める「紛争処理業務規定」によれば、「本機構は、紛争処理結果を紛争の当事者に文書によって通知するものとする」とされています。

また、自動車損害賠償責任保険普通保険約款では、「当会社は、前項の指定紛争処理機関による紛争処理が行われた場合、その調停を遵守します。

ただし、裁判所に置いて、判決、和解または調停等による解決が行われた場合には、この限りではありません」としていることから、自賠責保険会社等に対する片面的拘束力があると解されています。

政府保障事業

政府保障事業については、自賠法71条以下に規定があります。

保障事業の対象

補償事業の対象となるのは、加害自動車の保有者が不明の場合(ひき逃げ事故)と自賠責保険(共済)の被保険(共済)者以外の者が損害賠償責任を負う場合(無保険または泥棒運転による事故)です。

法的性質

保障請求権の法的性質については、自賠法によって創設された新しい請求権であって、損害賠償請求権ではないとする見解が有力です。

請求手続など

請求先は、どこの自賠責保険会社(責任共済)であってもかまいません。

しかし、保障請求権は、事故発生時(行為障害のある場合は、症状固定時)から3年で時効消滅します。

ただし、最高裁平成8年3月5日判決は、事故の加害者が自賠法3条の保有者責任を負うか否かが争われた場合においては、同条による損害賠償請求権が存在しないことが確定したときから、消滅時効が進行するとしています。

なお、政府保障事業の内容は、基本的には自賠責保険と同じです。

しかし、自賠責保険と異なり、過失相殺も通常通り厳格に行われますし、共同不法行為の場合に1台の車について自賠責保険から損害の填補を受けることが出来る場合は他の車がひき逃げ車であり保有者が不明であっても保障金を請求することはできません。

また、他法令による給付が行われる場合は、それを先行して行わせる取り扱いとなっているなど多くの異なる点が見られ、被害者にとって十分な保障とはなっていないという批判があります。

自賠責保険の支払基準

傷害による損害・休業損害

交通事故による傷害で、会社を休んだことで発生した収入の減少は、休業損害として請求することが出来ます。

また、有給休暇を使用した場合や、主婦(主夫)の方であれば家事が出来なかったという場合もありますが、その場合も認められます。

原則として1日5,700円が支払われます。

これ以上の収入減を立証することが出来る場合は、1日19,000円までの範囲内で、実額が支払われます。

傷害による損害・慰謝料

交通事故に遭ったことで、被害者は様々な苦痛を受けます。

「骨が折れて痛い」というような肉体的な苦痛のほかに、「仕事が出来なくて辛い」、「思い切り走り回れなくて辛い」といった精神的な苦痛もあることでしょう。

これらの苦痛に対して支払われるのが、慰謝料です。

慰謝料は、1日4,200円が支払われます。

慰謝料の支払対象となる日数は、被害者の傷害の状態や、実治療日数などを勘案し、実際の治療に要した期間の範囲内で決定されます。

後遺障害による損害・逸失利益

被害者が事故に遭い後遺障害が残ってしまった場合、事故以前と同じように仕事をしてお金を稼ぐことが出来なくなってしまう場合があります。

そのような場合、事故に遭わなければ得られていたであろう利益を失うことになりますから、それを補うのが後遺障害逸失利益です。

原則として逸失利益は、年収×労働能力喪失率(該当する等級により定められています)×後遺障害確定時の年齢における就労可能年数のライプニッツ係数 という計算式で算出されます。

事故当時にたまたま求職中であった人の場合、働く意欲と能力を有すると認められれば、原則として年齢別平均給与額を用いて算出します。

また事故当時に仕事に就いていなかった児童や学生、主婦の方の場合、前年例平均給与額を用いて算出します。

後遺障害による損害・慰謝料等

(1)後遺障害に対する慰謝料等の額は、該当等級ごとに次に掲げる表の金額とする。

表第1の場合

第1級 ・・・1,600万円

第2級 ・・・1,163万円

表第2の場合

第1級 ・・・1,100万円

第2級 ・・・958万円

第3級 ・・・829万円

第4級 ・・・712万円

第5級 ・・・599万円

第6級 ・・・498万円

第7級 ・・・409万円

第8級 ・・・324万円

第9級 ・・・245万円

第10級・・・187万円

第11級・・・135万円

第12級・・・93万円

第13級・・・57万円

第14級・・・32万円

(2)①自動車損害賠償保障法施行令別表第1の該当者であって被扶養者がいるときは、第1級については1,800万円とし、第2級については1,333万円とする。

②自動車損害賠償保障法施行令別表第2第1級、第2級又は第3級の該当者であって被扶養者がいるときは、第1級については1,300万円とし、第2級については1,128万円とし、第3級については973万円とする。

(3) 自動車損害賠償保障法施行令別表第1に該当する場合は、初期費用等として、第1級には500万円を、第2級には205万円を加算する。

死亡による損害・葬儀費

死亡による損害・逸失利益

「被害者が事故により死亡しなければ、将来にわたって得られたであろう利益」を補うのが死亡逸失利益です。

死亡逸失利益は、年収または年収相当額から生活費を控除した額に、死亡時の年齢における就労可能年数のライプニッツ係数を乗じて算出されます。

生活費は立証が困難な場合、被扶養者がいるときは35%、被扶養者がいないときは50%が生活費として控除されます。

死亡による損害・死亡本人の慰謝料、遺族の慰謝料

交通事故により被害者が亡くなった場合、亡くなった本人に対する慰謝料と、残された遺族に対する慰謝料が支払われます。

死亡本人の慰謝料は、350万円です。

遺族の慰謝料ですが、この場合の遺族とは、被害者の父母、配偶者及び子です。

養父母、養子、認知した子及び胎児も、遺族に含まれます。

残された遺族が1人の場合は550万円です。

残された遺族が2人の場合は650万円です。

残された遺族が3人以上の場合は750万円です。

なお、亡くなった被害者に扶養者がいるときは、上記の金額に200万円が加算されます。

死亡に至るまでの傷害による損害

交通事故による負傷の結果、被害者が死亡してしまった場合、死亡に対する請求とは別口に、死亡に至るまでの治療期間にかかる損害も請求することが出来ます。

死亡に至るまでの傷害による損害は、傷害による損害の支払基準が準用され、治療関係費や文書料などのほか、休業損害や慰謝料も認められます。

ただし、事故当日または事故の翌日に亡くなった場合は、休業損害や慰謝料は認められません。

重大な過失による減額

任意保険の場合、被害者に過失があれば、どんなに過失が小さくてもその過失割合に応じて、損害額が減額されます。

しかし、被害者救済を目的とする自賠責保険の場合、被害者に重大な過失がある場合に限り、過失による減額が行われます。

重大な過失とは、ここでは被害者の過失が70%以上である場合を指しています。

なお、被害者の過失が100%の場合には、支払は行われません。

☆傷害の場合

過失70%未満・・・・・・・・・減額なし

過失70%以上100%未満・・・2割の減額

☆後遺障害・死亡の場合

過失70%未満・・・・・・・・・減額なし

過失70%以上80%未満・・・・2割の減額

過失80%以上90%未満・・・・3割の減額

過失90%以上100%未満・・・5割の減額

受傷と死亡又は後遺障害との間の因果関係の有無の判断が困難な場合の減額

被害者に事故前からの既往症等があり、今回の交通事故と損害との間の因果関係の判断が難しい場合があります。

このような場合、損害の負担を公平にするために、減額が行われます。

死亡及び後遺障害による損害について、積算した損害額と保険金額のうち、いずれか少ない方の金額から5割が減額されます。

また、後遺障害を負った被害者が、事故前からすでに障害をもっていた場合、その障害の部位が同一であるときは、当該後遺障害等級の保険金額から、既存の後遺障害等級の保険金額を控除することになっています。


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